第一話 開花






俺の名前は織星 薄波。



普通に生まれて
普通に成長し、
幼稚園、小学校、中学校とそれなりに楽しんですごした。

好きだったバスケットの有名な進学校を受験し、合格。
春からは晴れて高校生になる。


人生に満足したことはなかったが、特別不満もなかった。


このまま普通に高校、大学を卒業し、
普通に年をとっていく。
そう 思っていた。


中学最後の春休み−
仲間との別れを惜しみ、友人数人で、
渓流にキャンプに行った時のことだ。

川原にテントを張った俺達は、飯の時間まで、
森を散策することになった。
森にはたくさんの植物が生えていて、春先だったため、
小さな薄紅の花がちらほら咲いていたのを覚えている。


俺達のお気に入りポジションは川上の滝つぼで、
崖際の大きな岩から顔をのぞかせると、
しぶきが顔にかかったりしておもしろかった。

そうしているうちに俺達のテンションはどんどんあがっていき、
山中散策はいつのまにか鬼ごっこに発展した。

俺は逃げるほうで、鬼をからかいながら
滝つぼ近くの小高い坂を登った。


うかれていたのか、それとも
あまりにも不注意すぎたのか。

鬼がのばしてきた手をひょいとよけようとした瞬間、
しめった地面に足元をすくわれ、
俺は急な傾斜を転げ落ちた。

俺の体は地面からつきでた木の根や、
こぶし大の岩にぶつかりながら
スピードをまして転がり続けた。

崖際の大きな岩に頭を強く打ち付けて、
俺はようやく転がるのをやめた。


もちろんキャンプは中止。
友人達はあわてて俺をふもとの病院まで運んだという。




目が覚めた一発目に、この馬鹿息子 と
涙で顔をくしゃくしゃにしたお袋の激がとんだ。

どうやらあんなにつよく打ち付けた頭はたいした異常もなく、
怪我も打撲と擦り傷だけですんだ俺は
ものの一週間で病院とはおさらばした。


そして、退院して数日後、俺は自分の異変にきづいた。


好物をたべても、女の子といても、バスケットをしても
なにをしてもまったく満たされないのだ。

それどころか妙にいらいらしてすぐモノにあたるようになった。
このイライラがどこからくるものなのか、知るすべもなく、
ただ 毎日をすごした。


高校には三日の遅れをとって、入学した。
もともと悪かった目つきが、イライラのせいで絶好調。
俺はすぐに上級生にめをつけられ、クラスでも浮く存在となった。

幸い喧嘩は、俺のイライラを緩和するトランキライザーになった。
殴った感触や痛み、その場のぴりぴりした空気が
随分気をまぎらわせてくれる。
1対多数の喧嘩でも、どういうわけか俺は勝った。

親も先生も、友人すら俺をみはなした。

学校にもあまり行かなくなり、
昼間の街にでかけ、俺と同じようにサボっている高校生や大学生、
ガラの悪いフリーター相手に喧嘩三昧の日々をおくった。

だけど俺は誰にもまけなかった。
それどころか、頭に血がのぼってほとんど覚えてないけど、
喧嘩がおわるころには妙にすっきりした気分になっていた。


いつものように街で喧嘩をして、家に帰ってきたある夜。
眠りにつこうとした俺を妙な感覚がおそった。

それはいつものイライラとは間反対の、
とてもすみきった感じだった。
ただベッドに横になっているだけなのに、
俺はとても満たされた気分になる。

ゆっくり起き上がって、カーテンを開き窓から星空を仰いだ。

窓ガラスにはカーテンと俺の部屋がうつっていた。

窓ガラスにはカーテンと俺の部屋がうつているのだ。


カーテンと、俺の部屋 だけ。
肝心の、空をみつめる俺は 
この部屋の住人である俺の姿は?

俺はあわてて洗面所にいき、大きな鏡をのぞきこんだ。

やはり俺はうつらずに、
鏡は今入ってきたドアと薄暗い廊下をうつしている。

そっと鏡に手をのばした。
俺の肉眼では、俺に俺の手や、腕はみえている。

でも鏡にそれらはうつらない。

鏡に指をそっとおしつけると、
触った場所から、まるで水面にゆれる波紋のように、
鏡がうっすらすけだした。

あわてて鏡から自分の指をはなした。

そういえば、透明人間って裸だっけ・・・

目の前の鏡にも、さっきの窓ガラスにも、俺はうつらない。
それはわかった。

でも、着ているはずのよれよれのトレーナーと、ハーパンは?
俺が世に言う透明人間になったとしよう。
きてるものまでみえない透明人間なんてきいたことない。


これは すごいことだ。


俺は早速夜の街にくりだした。

わめく酔っ払いの足をひっかけたり、
陰気な女をつきとばしたり、
いきがるおやじに酒をぶっかけたりもした。

とにかく、俺の頭で考えられるだけのいたずらをしてやった。

これがおもしろいことに大成功!
誰も俺のすがたを発見できるやつはいないし、
やつらのすっとんきょうな顔はどれも最高だった。

俺はたのしくてたのしくて、毎夜街にでては
いたずらをくりかえした。


学校もいかず、昼の街では喧嘩、
夜の街ではいたずらをくりかえず日々がつづいた。

そんなある日、俺は数奇な出会いをする。

この日もいつものようにいたずらをして、
路地裏に入り、笑いをかみ締めていたときのことだ。

汚い路地に、突然黒い高級車がのりこんできた。
フロントガラス以外に黒いフィルムをはった、
4.5人乗りの外車である。

俺は次の獲物をこの高級車にさだめた。

車がとまると、運転席から白髪のじじいがでてきて、
後部座席のドアをそっとあけた。

中からでてきたのは、
全身黒い服にみをつつんだ二人組の男だった。
最初にでてきたのは細身で女みたいに整った顔をした小柄な男。
夜なのにかけた大きなサングラスで、小さな顔がおおわれている。

つづけて出てきたのは長身の男。
まるで影のように、小柄な男の後ろを
ちかづきすぎず、はなれすぎず、
一定の距離をとりながらついていく。

どちらも、男のくせにきれいな顔をしていた。


おれはどうやって、やつらの驚く顔を見てやろうと考えた。

運転手のじじいが後部座席のドアをしめ、
助手席のドアをあけた。

中から細くて白い編みブーツが姿を現した。
運転手はブーツの主に、そっと手を差し出し起立を促した。

細い手が運転手の手をとり、中からブロンドの美女が現れた。

流れる金髪に宝石のようなブルーの瞳、
長くてやわらかそうなまつげを瞬いて、
不安そうにあたりを一望する。

その優美なしぐさに俺は思わずため息をもらした。


その音がきこえたのか、美女は俺のほうに歩み寄ってきた。
輝く髪と、全身を包んだ真っ白な衣服が、
暗い路地に彼女をぼんやりと浮き立たせる。

美女は俺の鼻先一センチ近くまでちかよってきた。
甘い花のような香りが目前をかすめる。

「何している ぐず」

小柄な男が激をとばす。
美女はすこしむっとした様子で振り返った。

「おいで、白夜」

今度は長身の男が優しく諭した。
甘い、穏やかな声だった。

美女は、にっこり微笑んで男にかけよった。
その姿がまるで、小さな子犬のようにかわいらしく
俺は思わず走り去ろうとする彼女の手首をつかんだ。

彼女はおどろいて、振り返った。
しまった。
おもわず俺は彼女の手をつかんだまま硬直した。

大きな瞳をむけられ、動くに動けずにいると、
彼女も恐怖を感じたのだろうか。
口を開きかけた。

今悲鳴をだされると大変だ!
気が動転して自分が透明になっていることもわすれていた。
俺はとっさにあいた方の手で彼女の腰を引き寄せ、
唇を奪った。

もう一度いっておく、俺は気が動転していた。

美女はびっくりしてうしろにのけぞった。
と、同時に、つかまれた手を半回転して…

何が起こったのかわからなかった。
俺の手をつかんだ美女は、ものすごい早業で
俺を地面へと説き伏せた。

すぐに男達がかけよってきた。

「そいつか?」

「おそらく」

美女の声は、思っていたより低かった。
というか、ハスキー声…
というよりは、

少年の声・・・???

俺はあまりにお粗末な展開に、
おもわず姿をあらわしてしまったようだ。
呆然と空を仰ぐ俺を、三人の美人な男がみつめている。

この日から、俺の苦悩の日々がはじまった。









本編 第一話

fin

to be…