雨の日はいつもあの日の夢を見る。 朝五時。天井際の小窓に小鳥が一羽。 明るみ始めた空を見上げ、白夜はひどく泣きたくなった。 ここにつれてこられて既に一ヶ月がすぎようとしていた。 はじめのうちはたくさんの科学者や研究員にかこまれて 実験や検査などを強制される日々をすごした。 嫌がる白夜に大人たちは容赦なく傷をつけ、 必死に抵抗する小さな体を力でおさえつけた。 傷つけられ、おさえこまれる度に 白夜は泣き叫び、 忌まわしい能力で、大人たちを遠ざけた。 来る日も来る日も実験は続けられ、 いつのまにか全身を鎖でつながれた。 しかしその間、瞳の綺麗な少年が白夜の前に現れることは無く、 「少年に会いたい」 それだけが白夜の中で大きくなりはじめていた。 そんなとき、白夜の檻に一人の訪問者があらわれた。 白衣をきた細身の女で、高いヒールをカツカツいわせて入ってくる。 部屋のドアの手前で門番を制止し、威嚇する白夜に声をかけた。 「あたしがあなたを飼うわ」 科学者である女にいい思いはしなかった。 ただ、向けられた悪意であろうものに反応しほぼ無意識で攻撃した。 女は攻撃をほとんど寸ででかわし、白夜の懐に入ると その小さな身体を力いっぱい抱きしめた。 「ごめんね」 小さくそうつぶやくと、腕の力をゆるめ ベッドと白夜を繋いでいた太い鎖の鍵をはずした。 どよめく監視に女は「許可は得ている」と短くいいはなち、 白夜の小さな手を引いて、冷たい檻をでた。 まっすぐ前をむいた横顔をみあげると、うっすら涙がみえた。 潤む瞳を心のそこから綺麗だとおもった。 女は名を夢という。 白夜の教育係として、能力の開発にあたる研究者であるという。 彼女は白い布一枚をまとった白夜に自分のカーディガンをかけ、 まっすぐ前だけを向いて、白夜の手をひいた。 「もう大丈夫」 夢はそういって白夜の背中を押した。 触れられた手がじんわり暖かかった。 つれられてきた部屋には、医務用ベッドなんてなかった。 白いだけの壁も、嫌に反射するマジックミラーもなく、 かわりに毛長のじゅうたんと、アンティークの化粧台、 そして隅っこのほうに、すこし大きめのシングルベッドがおいてある。 「ここが今日からあなたたちの部屋よ」 「あなたたち・・・?」 不思議な言葉におもわず口に出して繰り返した。 でも、すぐにその意味がわかった。 薄暗かった部屋の照明がすこしずつオレンジのぼんぼりをともしだし、 奥で照明をいじったであろう人影がそっと姿を現したのだ。 白夜ははっと息をのむと、夢の顔を見返した。 希望に満ちた幼子の顔をみて、夢はニカッと笑い返し、 またそっとその震える背中をおしてやった。 とたん、つながれた鎖が切れた子犬のように白夜は一目散にかけだした。 あまりにも唐突で、あまりにもうれしすぎて、 声にならない嗚咽がのどをせめぎたてた。 少年は腰にぴったりとしがみつく白夜の頭をなでると、 その細い腕を解き、腰をかがめてまたそっと抱きしめた。 「遅くなった」 少年の優しい声に安堵する。 あふれる涙は終わりをみせず、あとからあとから頬をつたった。 雨の降る夜はいつもあなたとはじめてあった日の夢をみた。 また会えると信じていた と声にならない声をしぼりだした。 そして−… 瞳の綺麗な少年−琉涙の腕の中で、白夜は久方ぶりの安らかな眠りを得た。 朝五時。 小鳥のさえずりが夜明けを告げる。 白夜は小さな空を一望すると再び布団にもぐった。 なきだしそうになるのをぐっとこらえ 隣にある背中に額をそっと押し付ける。 ほのかな石鹸の香りに、白夜はまた穏やかな眠りについた。 act.2 Again fin to be…